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富士宮市役所 稲垣康次様 インタビュー(後編)

前編の内容
「これからの求められる福祉サービス」
「良い福祉施設・立派な事業所」
「良い福祉施設、立派な事業所の人材育成・マネージメント」
「ファーストステップは、人を見てケアするという意識をつくる」

前編をご覧になりたい方は こちらからどうぞ。


稲垣様

「新しい介護のカタチにシフトしていくために」

この本人本位のケアをみんなで追い求めていく中で、これからの新しい福祉の形が見えてくるのだと思います。例えば、医師が認知症の方に薬を出す時など「次に病院にかかる時までに、薬の副作用などで生活に変化がでてきてしまったら情報をくださいね」とケアマネージャーに伝えて、ケアマネージャーと協力してよりよい医療行為を行うだとか、認知症の告知の際に、「これからの生活を考えて、地域包括支援センターに相談に行ってみたら」とアドバイスをするだとか、あとは富士宮市が行っている事で「わたしの手帳」というのがあります。この手帳を、医師が家族や介護現場との情報共有のために有効活用してくれるだとか、これらは、医師が行う医療行為だとは言えないのです。医師もケア現場の一員として、医療行為の際に行う、ちょっとしたボランティアであると言えるのです。
重要なのは、認知症の方が手帳を持って診察にこられ、「先生ちょっと家族や介護現場のスタッフとの情報共有のために、今日診察した結果を2・3行書き込んでもらえるとありがたいのですが・・・」とお願いされた時に、その人にとってよりよいケアにつながるのならと、「わかったそれくらいだったら協力してあげるよ」と言ってくださる医師が地域に何人いるかなのです。

これは、福祉や医療現場のような専門機関だけに言えることではありません。
富士宮市では新聞配達員さんが、新聞配達中に新聞が三日溜まっていたら、市役所へ連絡をくれるような協定が結ばれています。この連絡を受けると、地域包括支援センターの職員が状況を確認するために、お宅を訪問するのです。新聞販売店の他にも、郵便局,おうちCOOP、ヤクルトさんともこのような協力関係が結ばれています。これは全て、業務中に行うボランタリーな活動なのです。

いま地域づくりに求められているものは「ケア現場の人間の仕事はこうでしょ、医療現場の人間はこうでしょ」ではなくなく「それぞれ仕事の範囲をちょっと飛び越えて、その人のために何かできることを少しずつ増やしていきましょう」という事なのです。

これからの福祉は、このようなものにきっとシフトしていくと思います。

 

「地域に溶け込む、認められるために」

都会から視察にこられる方にこのような事例を紹介すると、「田舎だからできると」とよく言われます。それは、都会と田舎とは違います。
でも、事業所が地域に認められることは少しも難しいことだとは思いません。
自分たちのことにしか目を向けてないからそういう発想になるのです。
横浜あたりで、地域住民が何に困っているかを真剣に考えたらいいのです。私が勝手に創造するのは、まず困ったときにどこに相談にいっていいかわからないでいるような気がします。多分、近くに事業所があっても敷居が高いのではないでしょうか?困ったときに近くに相談できる専門職がいないってことなのです。簡単には。
そうなったときに、そこの近くにある事業所が、自分たちの施設に関わっている利用者だけじゃなくて、地域のちょっとした困りごとに、答えてあげるだけで、ハードルが一気になくなるのですよ。
みんな困っているのですよ。地域住民も。 

富士宮市など進んでいる地域は、地域の住民が行政に行くには敷居が高いからという事で、介護保険の事業所に引きこもりの相談にいったりしているのですよ。そこには専門職がいるからという理由で・・。それで専門職がアドバイスをしてくれると「いやー行政は役に立たないけれど、この専門職の人のおかげで引きこもりが対処できたよ」となるわけですよ。
住民とはそういうものなのです。住民の方でも困っているわけですから話しやすい専門職を頼るわけです。それだけ福祉課題が山ほど出てきているのです。地域包括支援センターというのもありますが大都会の地域包括支援センターの場合、そこに相談してもらちあかないじゃないですか。少なくとも神奈川県も九割以上が法人委託ですよね。

そうなった時には、やはり近くの事業所が相談に応じてあげる必要があるのです。そこでこういう人に相談に行ってごらんってつないであげるだけで、敷居などはなくなりますよ。


稲垣様

「これからやろうと思うこと」

自分が今取組んでいることは、事業者の意識レベルのところですね。
そこで「センター方式」のインストラクターを富士宮市と富士宮市事業者連絡協議会との共催で取組んでいます。 平成22年・23年で59名のインストラクターを養成してきました。
一つの市が59名のインストラクターを養成することは全国で初めての事だと思います。一般的には、年5・6回東京まで通って資格を取得するのですが、それを国からのモデル事業を利用して、富士宮市が養成したのです。

この方々がまず各事業所で、パーソンセンタードケアを実現するための取組みを定着させていくというのが、4月からの課題です。そこをやっぱり軌道に乗せること。

これとペアの形で、「私の手帳」があります。これは薬メーカのエーザイさんが認知症介護研究・研修東京センターさんといっしょに開発されたものですが、これをいただき、富士宮市版「私の手帳」を作成しました。

センター方式というのはケア現場の人が、ケアの質を高めるためのツールです。でもそれは、やはり一方通行だと思うのです。

たとえば自分が良いケアをしてもらいたかったら、自分から発信する。「あなた私のことわかってよ」とそんなことばかり言っているのではなく、自分から発信することが大切ですよね。

この「私の手帳」を一般の人たちに普及させていき、センター方式を事業所に普及させていく事で双方向の良いケアを高めていくのがまず4月以降の課題です。

人の生活というのは最初に言った24時間パーソナルな支援をいかに作っていくかということが行政課題であり、行政のやらなければならない事なのです。
そうしたときにその人を中心として、医師のちょっとしたボランタリーな部分と、事業所のちょっとしたボランタリーの部分、それと地域住民のそういう協力の部分というのをいかにつなげ合わせるかが、その次にやらなければならないことなのです。
事業所と地区住民との連携作りとか、医療と福祉の連携作りとかを今も取り組んでいるのですけど、この先に本腰を入れて取り組んでいくものが出てくるのだなと思っています。

最近、国の制度設計を見ていると、介護保険制度に「地域支援」「地域包括ケア」、障害者制度に「地域生活支援」など、老健局も社会援護局も、境がなくなっているように感じます。両部局からそれぞれ降りてくるモデル事業も、名前こそ違えど、市町村がやることはほとんど変わらないわけです。
社会保障なのか、相互扶助なのか、インフォーマル支援なのかの区分もあいまいで、どこまでが国の責任で行うかなども曖昧です。

だからこそ、市町村の職員が住民ベースで福祉政策を立てられなければいけないと思っています。
市町の職員が、住民の生活実態を把握して、政策を立てられなければ、福祉は絶対に良くなりません。
だから国で作られた制度をそのまま運用する意識を市町は捨てるべきだと思います。国の動向を踏まえた上で、市独自の政策を作っていかなければならない。そこが一番大事で、自分が一番常に悩みながらやっている所です。

私がいつも思うのが、また市役所の話になってしまうのですが市役所の中でパーソナルな支援の実現は相反するのです。例えば、時代はパーソナルな支援に移っていますが、いまだに行政として平等公平公正を唱えている人は、誰一人救えないと思っているのです。
まずは目の前の人の支援をしっかり考えることです。そこから、よりよい支援を増やしていくのです。

「一人の支援を全うする」

スタッフとは「一人の支援でもいいからそれを実現させようね」とよく言ってます。
一人の支援が良い支援に作られれば、それが徐々に広がっていくのです。それが本当の仕組み作りにつながるのです。
だから、介護現場の人も一緒です。行政がそういうこと言っているわけですから。
介護現場の人も自分の目の前の人の支援、それをその人が事業所にいる間だけではなく、その人の性格とか生活とか、そういうことを考えて満足のいく支援を一人一人作り上げようと言う気持ちが大切ではないかと思いますね。
一人でいいのです。一人うまくいけば絶対答えが見えてきます。
一人も支援がうまくいかなければ、私自身も自信をもって話せるケースなんて一つもないです。

行政とは、一番外側から物を見ているから一番間接的支援を行う人なのです。
本人がいて、家族がいて、地域がいて、事業所がいて、医療があって。
認知症の人にとっても、認知症の支援と言いながら一番間接的なマクロで物を見て政策を立てるところですから。でも認知症側の人が、地域で何に困って、どういう生活をされていて、こういうことをしなければいけないという、行政が一人の認知症の方の目指すところが分からなければそれぞれの間接的な団体をコーディネイトすることはできないのです。

だからマネージメント機能は持ってはいるが、どんなケアをするのかという目標がなければマネージャーとしては成り立たないということなのですよね。
それは凄く思い知らされました。だからマネージメント、マネージメントと言っても何を実現するのか?誰の支援をするのか?どんなことを形にしていくのか?という目標点が定まっていないところに、マネージメントはないですよ。

制度というのはお金の絡む話ですからね、私は行政ですから政策を立てなければいけません。制度としてやらなければならないというのが必ずあるのです。
そこは公務員として当たり前の話ですけど、今ある制度・仕組みを一度シャッフルしてしっかり実現しなければならないものを組み立ててそこから仕組みや制度を作るという事を行っていかなければなりません。
なぜならつぎはぎが絶対できない状態になっていますから。
そこが政策立案をしなければならないところなのですよね。

「若手職員の定着」

そこに必要性を感じてもらい、自分たちが必要なスキルとして取り組んでくれたら恐らく福祉現場はガラッと変わりますね。ものすごく変わると思います。
だから私は民間の事業者が入る事についてはとてもいいことだと思います。
福祉の研修は福祉関連の会社が実施することが多いですね。その会社ではビジネススキルを持ってない人が目立ちます。従ってそこに民間のビジネススキルを持っている人が入りこむ事はものすごく大事なことです。

横浜では全く専門職を採らない、資格を持っている人も採らない、一般の企業と同じように新卒を採る事業所があるのですが、実はこれは素晴らしい事なのです。
実際に考えてみてください。「福祉とは何ですか」と。答えは「人のため」それだけです。
人の為だと思える人間で、ビジネススキルを持っている人間が集まればそのような事業所が勝つのです。

トップリーダーは「人のため」という点を押さえておかないといけません。もし違う方向に流れたらそのまま違う道へ走り出してしまいますから。ですからこの道が必要だと思います。

例えば、学生時代に友人と一緒に色々サークル活動をしたりして、自分を抑えてチームというものを学び、友人を大切にしてきた人間は福祉現場で力を発揮できます。


保健師や社会福祉士などの国家資格はあくまで専門知識であり、その知識をいかすために、関係者との合意形成や会議のファシリテートが大事になるのですが、意外とそこを苦手としている専門職が多いのです。
いくら切れるはさみをもっていても使い方がわからないのといっしょです。

介護現場の福祉職も、福祉の資格を持っている人にしても、ケアの原点をしっかり持っていることや、合意形成やファシリテートなどのビジネスの基本スキルがなければだめなのです。
結局、公務員も福祉職も一緒だと思います。
今も変わってきていますが、あと5年10年したらすごく変わると思いますね。たぶん地域に溶け込む事業所がかなり出てくるのだと思います。そうすると後追いで制度も変わってくるのではないでしょうか。

稲垣様