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麗澤大学 木谷宏教授 インタビュー

木山宏教授

***木谷 宏 教授***
東京大学卒業後、食品企業入社。ジョージ・ワシントン大学ビジネススクール(MBA)、米国現地法人社長、人事部次長、経営企画部長を経て、2008年より学習院大学特別客員教授。2010年4月より麗澤大学経済学部教授。専門は人的資源管理論。

 

Q 大学全入時代、ゆとり世代学生の就職もあり、若手についての教育を見直す企業も増えています。
先生から見た学生の特徴・行動傾向は?

■「臆病である」「素直でまとも」2つの特徴をもつ学生たち。

学生と数年接してきて、2つ特徴があると思います。
1つ目が一言でいえば“臆病”ということ。

流行りの言葉でいえば、草食系ということなのかもしれませんが、概して臆病な感じがするんですね。
その根拠の1つ目は、あまり成功体験を持ってないことですね。例えば入試にしても、AO入試や推薦入試の形態が増えています。昔の入試は一発勝負みたいなもので、それなりに大変ではありましが、努力して、「やった」っていう感覚があったと思います。
今はみんな勉強もそれほど真剣にはやってこないし、学生の多くはゲームや漫画やカラオケや、そういう娯楽というか、遊びが中学の時も高校の時も生活の大半だったのですね。
そういった意味では勉強や部活など、何か一生懸命やった結果を、私は「小さな成功体験」って呼びますが、積み重ねてきてないと思えます。
自分をさらけだして、ガムシャラに頑張り、勝ち取ってきた経験がない・・・それは大事なところで無我夢中でがんばれない、照れてしまうのです。がんばっている自分が恥ずかしくて逃げてしまう。がんばってどうなるのと思ってしまう。

要は本気を出さないわけです。失敗したときの保険として『俺、本気出してねえし』というポーズを取る。全力を出して失敗するのは怖いですから。全力を傾けることに対して、常に自らをセーブして、そこで『いや、俺、別にこんなことやりたくなかったわけだし』と照れてしまうのですね。

2つ目は、携帯やネット世代ということで、人との結びつきが広い一方で、ものすごく浅くなっているということですかね。

学生に、何人の友達が携帯の中に入っているの?と聞くと、みんな200人とか300人と言います。その中で本音言ったり弱音はいたり相談できる友達いるの?と聞くとほとんどいない。これは、よく言われることですが、繋がっていないと怖い。そのネットワークの中に入ってないといじめられたりしますから。そういった繋がりの中で、よくメールやツイッターで『今なにしてる?』って、やり取りしていますね。いつも、四六時中二十四時間、耳元でいっぱいいろんな人がいて、なんだかんだ言ってきて、なんだかんだ対応しなきゃいけないっていう。ものすごく希薄でものすごく広い人間関係を彼らは持ってしまっている。非常に体力も気力も使うと思いますよ。

そんな人間関係で、本当の自分を出して、相手の意にそぐわないことは困る。もしくはいわゆるKYですか。こいつ空気読めないというレッテルを貼られることは絶対さけたいわけです。
KYっていう言葉がはやるくらい、それくらい仲間から浮くことがタブーってわけですよね。
要は、皆に合わせないといけない。ちょっとでもおかしなことを言ったり、ちょっとでもみんなと雰囲気が違うようなこと言ったりした場合、一斉にバッシングされてしまいます。
そういった、希薄であまりにも広い人間関係が基本になっていることからも、やはり臆病にならざるを得ないだろうと思います。俺は俺でいいんだ!と言うのは難しい、持ちにくいですよね。常に、周りの事を気にしながら生きているっていう感じです。

3つ目の臆病の根拠としては、やはり失われた二十年ですね。
1990年から2010年までの20年の間に、生まれ育ってきている世代です。ですから、日本が転落している時に大きくなってきた世代ですよ。

我々の世代は、日本が上向きの、行け行けっていうときでしたから、強気でもあったし、楽観的でもあったと思います。
彼らは父親がリストラされるのを見てきている世代。それから、先輩や兄弟が就職できない、フリーターになるのもしょうがないというのを実感している世代。日本が経済的にも社会的にも転落をしている、この20年に生まれ育っているわけですから、強気の人間にはならないですよ。きわめて臆病な人間になっているという印象がありますね。

学生の一つ目の特徴は“臆病”ということを申し上げましたが、二つ目の特徴は“素直でまともである”ことだと思います。
我々のような50代以上の人間が経済成長時代に、二十四時間働くことを容認してきた中で、全部捨ててきた家庭や地域や社会といったものに対して、彼ら彼女たちはきちんと目が向いています。家族を大事にしますし、NPO NGOなどに大変興味を示します。ボランティアもそうですね。私のゼミの学生も、先週一週間休んで、石巻にボランティアに行っていました。優秀な学生です。優秀な学生ほど行きますね。

私は世代の特徴を表す場合に、『豊かさを○○する世代』なんて言い方をします。豊かさを○○する世代という問いに対してどう答えるか。今の50歳以上のいわゆる団塊の世代は『豊かさを実現した世代』、です。そしてX世代と言われる、その下の30代~40代、バブルを経験された方々ですね。
この世代は『豊かさを享受した世代』っていう表現で表します。
今の20代以下が、いわゆるY世代ですね。ここは、まだ明確な定義がないのですが、授業や講演など、いろんな時に、この命題を若い人たちに投げかけると面白い表現を彼ら彼女たちはしてくれます。
一番私がハッとした答えは、「私たちは『豊かさを考える世代』です」という言葉です。
我々の世代では豊かさとは、考えるものじゃなかったですよね。ただ単純に追い求めるものですし、豊かさと言えば物質的な豊かさだったわけです。お金であ
り、物であり、ブルックスブラザーズのジャケットであり、オメガの時計でありということだったのです。

Y世代の彼ら彼女たちは『豊かさは何か』ということをもう一度、自分たちは考える世代だというのです。

先ほどのボランティアやNPO、NGOの話ですが、
学生からの就職の相談で、「あの、先生、大手商社から内定をもらったんですけども、自分としてはNPOで働きたいんです。親に言ったら反対されました。どうしたらいいですか?」このような相談をしてくる学生が毎年2.3人はいます。

そういった意味では、私は、彼ら彼女たちを「極めて素直で、まともな、社会人間」という言い方をしています。会社人間のひっくり返しです。社会というものに常に目が向いている素直さを持っている。

概ね、この2つが特徴でしょうか。「臆病であること」「素直で社会に目が向いている、まともな人間であること」
この2つが合わさると、草食系で弱くてっていうイメージが浮かびます。
肉食系で、ガンガン金儲けを考えている人たちにすればひと咬みですよ(笑)。そういう意味では、心配と言えば心配ですが、逆に期待できる。やっと今まで60年70年のお金だけを追い求めてきた日本人が変わっていくかもしれないという期待です。
特に3.11以降は、もう日本は新たな時代、社会になったのだっていうことを、みんながしっかりと認識しなきゃいけない。

 

木山宏教授

Qそういった皆さんに対する先生の教育方針は?
■「小さなプロフェッショナルを育成する」

私が心掛けているのは「小さなプロフェッショナルの育成」です。正確に言うと、小さなプロフェッショナルの予備軍を育成するっていうのが、私の教育方針ですね。

プロフェッショナルと小さなプロフェッショナルは、ちょっと違います。
プロフェッショナルというのは、一握りのエリートやスターのことを指します。スポーツ選手や医師、弁護士。そういう一握りのエリート、スーパースターが、プロフェッショナルですよね。

企業の人材育成の中で、プロフェッショナルという言葉は、昔からずっとキーワードでしたし、今もそうです。ただ最近、私が気づいているのは、その言葉は働く人々に全然届いてないだろうということです。
プロフェッショナルになりなさいって言われたら、社員は大人ですから、はいとは言います。頑張りますとは言いますが、一握りのスターやエリートになれって言われて、全員がなれるわけはない。自分は今年、短時間勤務させてもらっているし、自分は派遣で働いているから、この話は自分のことではないのかなと感じてしまう。つまり、プロフェッショナルって言えば言うほど、社員の頭の中を素通りしてきたのではないかという気がします。

選ばれた少数のスターではなく、全員が小さなプロフェッショナルになる、もちろん非正規労働者も含めてです。決して、年棒十億円なんてことはないかもしれませんが、小さなプロフェッショナルは限られた役割なり責任の中で、本当にいい仕事をする。自己研鑽を行い、そしてまたお客さまや相手に憧れや感動や共感を差し上げることができるような仕事をする。
いまの日本の企業社会では、働くすべての人々が名もなき小さなプロフェッショナルを目指すことが重要ではないでしょうか。

私自身も企業では、人材育成の責任者でした。多くの企業が人材育成の重要性は言いますが、実際に階層別教育を実施する場合も、選抜型の一握りのエリート育成に多くの予算を割り振りっていることが多いですね。その他大勢の社員に対してはいわゆる自己啓発という優しい言葉を使って、勉強したければ会社のほうで補助しますという程度でした。
全員を底上げするという努力は、企業はほとんどしてきてなかったというのが私の感想です。

私は「人材開発論」の授業で、プロフェッショナルとは何かを、彼ら彼女たちと議論します。そして、最後に「小さなプロフェッショナル」に気づかせます。

最初の頃は、有名なプロの活躍を見せていきます。そうすると初めは皆嬉々として、いやぁ、イチロー選手かっこいい、IT系の起業家はすばらしいとなりますが、途中からだんだんトーンが落ちてくるのですね。なぜならば、自分には無理だって思いはじめるのです。
初めは憧れているのですが、あの人たちみたいになれないって思うのですよ。憧れているだけなら楽しいのですが、本当にそうなれって私は言いますから。
だんだんみんな怖気づいてくる。自分は、ああはなれないと。遠い存在である、ということに気づいてトーンダウンしていくわけですね。

一方で、プロとして必要な要件は、外的要件、内的要件、心理的要件とあるのですが、それらがいずれも働く人々全員に必要なのだということを、学生はちゃんと理解してくれます。例えば、能力の証としてきちんとした資格を取らなきゃいけない、そういった資格を通じて勉強しなきゃいけないっていうことも分かります。
高い技術や専門性を持たなきゃいけないっていうことも理解します。向上心を常に持たなければいけないってことも、みんな分かってくれます。
ただし、自分に年俸十億円は無理だと思う。そこを繋ぐためには「必ずしもスターを目指す必要はないよ。要は、自分自身を高めていければいいんだよ。みんなは組織で仕事していく小さなプロフェッショナルを目指そう」ということを、最後に気付かせていきます。
社会に出るための、小さなプロフェッショナルになるための準備を大学でしっかりやってくれっていうことを、かなり一生懸命伝えているつもりです。

私自身はキャリアや働くっていうことを、有償労働には限定していません。つまり家庭で子どもを育てたり、介護をしたりは、女性だけではなく、男性にとっても素晴らしい労働ですし、社会的に役に立っている。キャリアを、いわゆる社内や転職だけに限定しないで、社会全体まで広げなさい、そうすれば、キャリアアップもダウンもないと伝えています。

私が一番苦手なのはキャリアアップという概念です。キャリアをアップとかダウンとか、そういう問題とは捉えていません。時にはお金がもらえない労働をすることもある、それが人生だろうと思います。私が一番学生に伝えたいことは、社会全体を見据えて、自分のキャリア、つまりは人の役に立つとは何かということを、じっくりと考え続け、自分自身を高めていくことだということです。

何も変わってないですよね。「3.11」以降。テレビを見ても、政府の対応を見ても。それから企業のトップの方々、オリンパスを見ても、大王製紙にしろ、相当、末期症状というか、私はかなり絶望しています。日本がまともになるには、まだまだ時間がかかるのではないかという気はしています。
若い方々が育って、自分の視点で行動を起こしてくれれば、それで社会は変わっていきますから。そこだけが、一縷の望みですよ。学生は期待の星ですよ。そこしか賭けるところがない。ですから、私の大学での仕事とは、世直し工作員を育成して野に放っているようなものかもしれませんね。

 

…インタビュー後…
「大変楽しかったです。勉強になりました(野口)」

いえいえ、私のほうこそ、です。
インタビューを受けて、一番楽しいのは、今日のように聞かれることによって、新しい自分の気づきがあったり、自分自身で勉強になることですよね。大変嬉しかったです。

「ありがとうございました。ざっくばらんに分かりやすく話していただけて本当にほっとしました(石澤)」

 

木山宏教授